souzanのブログ

私の教室

東京1

 26歳のころに、仕事(遊び?柴崎正志が遊んで来いと言っていた)、札幌にある東京タイル商会本社に頼まれて東京都福生市のアパートにいた。本社が柴崎タイル工業に頼んだ為だ。柴崎タイル工業では筆頭職人の梅田に頼んだが断った為に私にその話がきた。苫小牧からフェリーで有明まで行き、上陸後はカローラバンで豊島区の東京タイル商会東京営業所にいった。次の日に福生市のアパートに行った。仕事先、米軍横田基地、日本橋、三鷹、横須賀海軍施設。


 一級、二級タイル張り技能士、職業訓練指導員(タイル科)。お金はもらっていない。東京タイル東京営業所では、内装100角ダンゴ張りでは「1,000枚張れないと職人では無い」と言っている。昭和46年4月(株)旭川タイル商会入社、46年8月柴崎タイル工業(株)入社、昭和60年8月退社。旭川タイル商会の武田は「400枚しか張れない」と言っていた。柴崎タイル工業では、徒弟で5年間ぐらい大川の弟子だった。


 長峯は、東京タイル商会東京営業所では「修行に来た」と言っている。


タイル張り一級技能士登録手帳 道庁がしてくれと言ったので一級だけ技能士登録した。

タイル張り一級技能士登録証

技能士登録手帳