souzanのブログ

私の教室

肺癌

 霊波之光札幌支部の参門の前で母が「肺がんだ祈ってくれ」と言っていた。それから1年ぐらいで死亡した。金が無く、もう少し時間があると思っていたが52歳の頃から癌だとは、知らなかった。父親が肺がんで死んだときに、同じように「肺がんで死ぬのじゃないのか」と言ったことを覚えていたようだ。ろくな親じゃなかった。2の運勢だ。


 霊波之光は、昭和58年頃から、北海道伊達市で会合があり、入信していなくても親がやっていたので一緒に行っていた。昭和60年ごろ、「今泉支部長が教会にお札を置いててもいいんだ」と言う様な事を、「今泉支部長が言っている」と母が言うので、旧札幌支部でおつながり(入信)をした。